2012年3月18日日曜日

神隠しされた街

私の好きな詩人、アーサー・ビナードさんのトークセッションに参加してきました。歯切れのいい、しかもちょっと毒がある日本語はいつも通り! 鋭い洞察力で、言葉に隠された真実を、白日のもとに「晒し」てくれました。痛快!

たとえば、みんながぼんやり感じてる「絆」って言葉の胡散臭さ。私たちの善意を悪用して、裏で何か誤摩化してるっぽいよね。そんな話のあれやこれやで、あっという間の3時間でした。

その時、アーサーさんが紹介し、朗読してくださった詩があまりにもインパクトがあったので、載せときます。南相馬に住む詩人、若松丈太郎さんが1994年に発表した「神隠しされた街」です。現在は、17年前に予言されていた!?


「神隠しされた街」

  4万5千の人びとが2時間のあいだに消えた


  サッカーゲームが終わって競技場から立ち去ったのではない


  人びとの暮らしがひとつの都市からそっくり消えたのだ


  ラジオで避難警報があって


  「3日分の食料を準備してください」


  多くの人は3日たてば帰れると思って


  ちいさな手提げ袋をもって


  なかには仔猫だけをだいた老婆も


  入院加療中の病人も


  1100台のバスに乗って


  4万5千の人びとが2時間のあいだに消えた


  鬼ごっこする子どもたちの歓声が


  隣人との垣根ごしのあいさつが


  郵便配達夫の自転車のベル音が


  ボルシチを煮るにおいが


  家々の窓の夜のあかりが


  人びとの暮らしが


  地図のうえからプリピャチ市が消えた


  チェルノブイリ事故発生40時間後のことである


  1100台のバスに乗って


  プリピャチ市民が2時間のあいだにちりぢりに


  近隣3村をあわせて4万9千人が消えた


  4万9千人といえば


  私の住む原町市の人口にひとしい


  さらに


  原子力発電所中心半径30㎞ゾーンは危険地帯とされ


  11日目の5月6日から3日のあいだに9万2千人が


  あわせて約15万人
 

  人びとは100㎞や150㎞先の農村にちりぢりに消えた


  半径30㎞ゾーンといえば


  東京電力福島原子力発電所を中心に据えると


  双葉町 大熊町


  富岡町 楢葉町


  浪江町 広野町


  川内村 都路村

  葛尾村
  小高町

  いわき市北部
  

  そして私の住む原町市がふくまれる


  こちらもあわせて約15万人


  私たちが消えるべき先はどこか


  私たちはどこに姿を消せばいいのか


  事故6年のちに避難命令が出た村さえもある


  事故8年のちの旧プリピャチ市に


  私たちは入った


  亀裂がはいったペーヴメントの


  亀裂をひろげて雑草がたけだけしい


  ツバメが飛んでいる


  ハトが胸をふくらませている


  チョウが草花に羽をやすめている


  ハエがおちつきなく動いている


  蚊柱が回転している


  街路樹の葉が風に身をゆだねている


  それなのに


  人声のしない都市


  人の歩いていない都市


  4万5千の人びとがかくれんぼしている都市


  鬼の私は捜しまわる


  幼稚園のホールに投げ捨てられた玩具


  台所のこんろにかけられたシチュー鍋


  オフィスの机上のひろげたままの書類


  ついさっきまで人がいた気配はどこにもあるのに


  日がもう暮れる


  鬼の私はとほうに暮れる


  友だちがみんな神隠しにあってしまって


  私は広場にひとり立ちつくす


  デパートもホテルも


  文化会館も学校も


  集合住宅も


  崩れはじめている


  すべてはほろびへと向かう


  人びとのいのちと


  人びとがつくった都市と


  ほろびをきそいあう


  ストロンチウム90 半減期  29年


  セシウム137   半減期  30年


  プルトニウム239 半減期  2万4000年


  セシウムの放射線量が8分の1に減るまでに90年


  致死量8倍のセシウムは90年後も生きものを殺しつづける


  人は100年後のことに自分の手を下せないということであれば


  人がプルトニウムを扱うのは不遜というべきか


  捨てられた幼稚園の広場を歩く


  雑草に踏み入れる


  雑草に付着していた核種が舞いあがったにちがいない


  肺は核種のまじった空気をとりこんだにちがいない


  神隠しの街は地上にいっそうふえるにちがいない


  私たちの神隠しはきょうかもしれない


  うしろで子どもの声がした気がする


  ふりむいてもだれもいない


  なにかが背筋をぞくっと襲う


  広場にひとり立ちつくす


アーサーさんが英語に翻訳した詩は、『ひとのあかし』に収録されています。



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